僕が医者になった理由
今回は、僕がなぜ医者になったかについてお話しましょう。
父も祖父も国家公務員で、家に出入りする人たちも役人ばかりでした。
子供の頃そうした人たちに囲まれていると、自分も将来そっちの方向に進むのだろうと何となく思い込んでいたものです。但し、そういう人たちは皆東大か京大を出ているスーパーエリートだなんてことは、露ほども知らなかったわけだ。中学高校と進学校に進んだ僕だけれども、秀才の頭脳を持ち合わせていなかったし、もっと致命的だったのは勉強嫌いだったってことなんだな。当然、一浪当然、2浪平然なんてシャーシャーとしていたら当然、国家公務員なんかなれる訳ないなと流石に気がつくわなァ。
慌てたね。俺、大学入れないんじゃないのかって、将来何を目指せばいいのかって、焦りまくっていたそのとき、祖父が病、しかも重病に倒れたんだ。
「覚悟してください」の、医者の一言に、諦めと同時に医者の威厳みたいなものを感じました。「やれるだけのことはやってみましょう」の一言とともに去っていく白衣の先生のかっこよかったこと!しかも、治しちまったんだよね、瀕死のじいさんを。
こりゃー、医者ってすげーかっこいいよな。人の命助けて、しかも感謝された上にそれで飯食ってけるわけでしょ。何浪しようと関係ないし、人から尊敬されて、しかもそれなりの収益が期待できるわけでしょ。好きな車も買えるかも知れないじゃん。
こりゃー、もうこれしかない!絶対、医者になったる!そうと決まれば、全ての教科全部暗記、頭の中で参考書めくればそこに答えが書いてある、数学だって、全ての問題を解いて覚えちゃう勢いで勉強すれば、ぜんぜん怖くない。丸1年間週6日間、1日12時間勉強したね。入学試験なんかぜんぜん怖くなかった。頭の中で参考書開くだけだもんね。
一校だけに絞って過去問10年分も全部暗記、暗記。試験もあっという間に終わって「受かった」って、思ったなあ。今から思えば若かったんだなあと思うよ、本当に。
若いときって、勢いあるじゃん。怖いものなしでどんどんいけちゃう時ってありませんか?そこで頑張れるかどうかが人生最初の試練なのかなあって思います。
追穂、医学部卒業して医局員になってみれば、しばらく月ずき10万円足らずしかもらえず、しかもほとんど病院泊り込みという、とても人並みとは言えない生活が待っていたのでありまして、想像とのえらい違いに愕然としました。まあ、いい思い出だけどね。
それでは、また、来月。
えびす皮フ泌尿器科 院長 原口 忠
2010年3月1日 |